伝統の現在NEXTシリーズ 第2弾


日時 2004年7月22日〜24日
場所 紀伊国屋サザンシアター(新宿)
出演者 原作 :泉鏡花
演出 :加納幸和
出演 :石田幸雄・柴崎正道・北沢洋(花組芝居)・石田淡朗・井内勇希・井上森介・宇貫貴雄・橘義(花組芝居)
発売日 この公演は終了しました。ご来場ありがとうございました。
解説 川、池、湖、沼の氾濫、決壊、洪水など、水にまつわる設定の多くは、鏡花自身が過ごした北陸、就中浅野川と犀川に育まれた金沢の自然風土によるものであろうか。険しい日本アルプスの山々と、そこからあふれ出す名水のもたらす豊かな富。そこに営まれる人の暮らしは、ひとたび水が荒れ狂うとき、一瞬にしてすべてを押し流され、根こそぎにされ、営々と築き上げてきた人間の世界は一面の水の底に沈んでしまう。人々は悲嘆にくれ、失われたものたちを悼むが、やがて水が退き、元の生活が戻ってくると、次第に日常に忙しく、あの凄まじい体験は、昔話、伝説の中に埋没し、忘れ去られてしまう。しかしそこには確かに、水底の王国があったのだ。地上のものたちが水底で姿を変え、異界のものとして生まれ変わったように、水底のものたちも地上にあってなお、どこかにひっそりと生き続けているのではないか?

洪水で山里がすべてを失った後、もともと異界に通う資質の豊かであった少女は、無垢な白痴と共に生き残り、やがてあたかも色情狂の超能力者となって、その小さな王国を統治する。そこに迷い込む、あるいは領土を侵す不埒な人間の男どもを弄び、異形のものに変えて従える。ひとり彼女を欲望の対象としなかった(できなかった?)若い修行僧だけが、赦されて現世に帰り、後に名僧となる。女盛りの豊満な肉体に魅せられ、誘惑されて、危うく墜ちそうになりながら辛くも踏みとどまった彼は、色情の化け物としてではなく、都にも稀な美貌を持ちながら、運命のいたずらで白痴の世話をして山奥で生涯を送る女性としての不幸に同情し、また白痴の無残な有様を見て哀れを催し、無垢なる魂に心打たれたがゆえに、人間の姿のままで境界を越えて往来を許された。

常人には近寄りがたい、深い山中に化け物たちの王国があり、そこに紛れ込んだ主人公が、恐ろしい体験と、女主とのちょっとした色恋!の後に、赦されて現世に帰還するという、鏡花ものの典型のひとつ。ほぼ一人称形式の小説で、後の戯曲に展開されるお馴染みの鏡花世界の原型が見事に描き出されている。

特筆すべきは自然の描写であり、山々はもとより、その水への偏愛は見事なもので、やはり白川や犀川の、枯れるとき、満ちるとき、時に溢れ、一面の水原となり、また退いた後に残された様々な生物や死者たちすべてを愛し、鋭く観察し、そして深く懼れ、畏敬の念を持ち続けた、鏡花ならではの世界である。
 
今回の実験的な上演の試みでは能狂言の有力な演者とともに、新派にも新風を吹き込むネオ歌舞伎主宰による演出、演劇の枠を越えた多彩なジャンルの出演を得て、夢幻能形式を採り、象徴的な手法によるシンプルにして、力強く、美しい舞台を目指したい。これまで見たことのないもの、初めて見るが、なぜか懐かしいもの。要所要所に美しい笛の音。そして全編にユーモアが不可欠だ。水は書き割りや水布の水色の水ではなく、透明な水。水面の反射ではなく、水中の光の屈折。蛭の森を抜けたら、そこはすでに水底の世界なのだ。
写真
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